大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1583号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
X男(被控訴人)とY女(控訴人)とは内縁関係で同棲中にY名義で不動産を買い入れたが、その買受代金の一部はYの手許から支払われた。その後、XとYとは家裁で男女関係解消等の調停を試みたが物別れとなつたまま別居し、Yは本件不動産を自己の資産と称してA男と結婚した。Xは、本件不動産はXの単独所有であるとの理由により、Yを被申請人として本件不動産につき処分禁止の仮処分決定を得て執行したうえ、その本案訴訟として本訴を提起したところ、Yは右仮処分は被保全権利がないのにXの故意、過失に基づいて不当になされたものであると主張して、損害賠償の反訴を提起した。本判決は、仮処分の本案判決においてXの本訴請求を棄却するときは、反訴請求について、特段の事情のない限りXの過失を推認すべきであるとしたが、本件の事実関係のもとにおいては右特段の事情があるものとして、反訴請求をも棄却したものである。
【判旨】
一当裁判所も、控訴人の本件反訴請求を失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由一および二に説示するとおりであるから、右理由記載をここに引用する。<中略>
3 同末行の次に行を改めて次のとおり挿入する。
「2 不当な仮処分による損害賠償責任については、一般の不法行為と同様仮処分申請人の故意、過失を必要とするか、あるいは民訴法一九八条を類推適用して無過失責任を肯定すべきか、見解の岐れるところであるが、仮処分の本案訴訟において仮処分決定を得てこれを執行した仮処分申請人敗訴の判決が言渡され、右申請人にその被保全権利がないものとされ、あるいは仮処分決定がその被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取消された場合において、右申請人が被申請人に対し負担すべき不当な仮処分執行による損害賠償責任については、右申請人の故意または過失を必要とするものと解するのが相当である。無過失責任を認める見解は過失責任主義を原則とする不法行為法の体系と調和を欠くきらいがあるばかりでなく、常に必ずしも具体的に妥当な結果をもたらすものとはいえず、仮処分制度の機能を阻害するおそれもあつて、たやすく賛成できない。
3 ところで、仮処分の本案訴訟において仮処分申請人敗訴の判決が言渡され、あるいは仮処分決定が異議もしくは上訴手続において取消され、その判決が確定した場合には他に特段の事情のないかぎり、右申請人において過失があつたものと推認するのが相当である。しかしながら、右申請人において、その挙に出るについて相当な事由があつた場合には、右判決の確定の一事によつて右申請人に当然過失があつたということはできず、ことに夫婦の一方の名義で取得された財産は、第三者に対する関係ではともかく、夫婦間では必ずしもその名義人の所有とみなされるわけでなく、その所有権の帰属は、夫婦の資産状況、協力関係その他諸般の事情により実質的に判断されるべき微妙な事柄に属し、しかもその帰属をめぐる紛争がすでに生じていた段階において、夫婦の一方がその名義人を相手方として処分禁止の仮処分申請をし、本案訴訟を提起したような場合には、右にいう相当な事由があつたものというべきである。」
4 同九枚目裏一行目から同一〇枚目表一行目までを削除して、この部分に次のとおり挿入する。
「本件についてみるに、被控訴人が控訴人を相手方として処分禁止の仮処分申請をし、大阪地方裁判所の仮処分決定を得たうえこれを執行したことは前認定のとおりであり、被控訴人が右仮処分の本案訴訟として本訴を提起したのに対し、被控訴人が反訴として不当な仮処分および本訴提起による損害賠償請求をしたものであることは記録に徴し明らかである。そうすると、被控訴人の本訴請求を理由なしとして棄却し、本件土地建物につき被控訴人に所有権がないこと、したがつて被保全権利がないことを認定するからには、被控訴人の敗訴が直ちに確定するわけではないとはいえ、本訴請求、反訴請求が同時に確定すべき場合は、口頭弁論終結時の状態に基づき、控訴人の反訴請求について他に特段の事情のないかぎり被控訴人の過失を推認するのが相当である。
そこで右特段の事情の有無について検討するに、被控訴人と控訴人とは夫婦ではないが、男女関係にあつたものであり、しかも本件土地建物を控訴人名義で買受けた当時、右関係を継続して同棲していたこと、本件土地建物の所有権の帰属については、大阪家庭裁判所における男女関係解消、慰藉料請求調停において両者間で話合われたが、物別れとなり、調停不成立に終つたことは前認定のとおりであり、さらに本件土地建物の売買について被控訴人が売主である訴外会社から、契約書は控訴人との間で作成してはいるが、代金は被控訴人から受領した旨の証明書を入手していたこと、控訴人はもとより本件土地建物を自己資金のみによつて購入することは不可能であつたこと、その他前認定の諸般の事情に照らせば、被控訴人としては本件土地建物が実質上は自己の所有であり、したがつて右仮処分の要件が具備するものと信ずるについて合理的理由があつたものというべく、他方右仮処分申請の時点に控訴人において、本件土地建物が名義上のみならず実質上も控訴人の所有であることを容易に確知し得たとみられるような事情も認められないから、被控訴人が右仮処分申請をし、本訴提起をしたことについては無理からぬものがあり、被控訴人に過失があるとすることはできないものというべきである。もつとも被控訴人が右仮処分申請および本訴提起をするに当り、本件土地建物の売主のみでなく、銀行ローンの関係者、さらには控訴人またはその関係人から事情を聴取し証拠を収集するなどして事実関係および証拠関係を十分に調査し検討すれば、本件土地建物の所有権が控訴人にあることを確知し得たものと思われるのにかかわらず、右調査、検討をしなかつたとみられないではない。しかしながら、本件土地建物の所有権の帰属については前記調停において被控訴人と控訴人との間で話合われたが物別れとなり、調停不成立に終つたことは前認定のとおりであつて、紛争の相手方である控訴人に問い合わせてみても拒否されることは自明というべく、この点において被控訴人に過失があつたとみることもできない。
控訴人はこの点に関し、被控訴人にはむしろ積極的に故意、過失があつたと認むべき事実があると主張するから付言するに、控訴人の主張のうち、控訴人が本件土地建物の売買代金中、頭金五〇万円と分割弁済金(銀行ローン)一〇〇万円を支払つたことを被控訴人において知つていたとの点については、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。とりわけ右分割弁済金について現実に銀行に弁済に行つたのが控訴人であつたとしても、控訴人が働いて得た報酬によつてのみその弁済がなされたものでないことは前認定のとおりであつて、被控訴人において、これが控訴人に渡した生活費の中から弁済されたものと考える余地があり、このように考えたとしても不自然ではない。次に、本件仮処分申請が虚偽の事実を主張してなされているとの点については、被控訴人としては本件土地建物についてその所有名義は控訴人としたが、実質上は最初から自己が買受け、代金も固定資産税もすべて自己が(控訴人に渡した生活費の中から)支払つたと信じており、また、控訴人との男女関係はいまだ解消するに至つていないと考えており(実際にも解消するに至つていない。)、このように信ずるについて合理的理由があつたことは前認定のとおりであつて、仮処分申請書およびこれに添付した陳述書にいささか穏当を欠く言辞があり、また、日時等において事実に反する記載があつたとしても、その記載内容全体を通じてみれば虚偽の事実を主張、陳述したものということはできず、ましてやこれによつて仮処分決定を詐取したものとはとうてい認めがたい。さらに被控訴人が家事調停期日において本件土地建物が控訴人の所有であることを認めていたとの点についても、家事事件記録中の事件経過表の記載は備忘として書きとめておく程度のもので、口頭弁論調書とは性質を異にするものであるから、これに「譲与した申立人名義の家屋を返還せよと主張する」との記載があるからといつて、被控訴人において本件土地建物が控訴人の所有であることを認めていたとみることはできない。控訴人のこの点の主張はいずれも理由がない。」
(山内敏彦 田坂友男 高山晨)